2020年04月18日

神聖

キリスト教は労働をすることを悪としているとある本で知りました。ですからこの悪で稼いだお金で余分なものは寄付をして御祓をする文化があるということです。私は日本人なのでこの文化はありません。どちらかというと労働は神聖なものでできるものなら一杯働いてお金も稼ぎたいと思っておりました。ただ私もこの頃は私と家人の二人になりましたので二人がやっていける分があればいいと思うようになりました。かといって短時間の労働でよいとも思っておりません。私は課題解決で働いておりますので時間は関係ありません。ですから長時間かかっても能力の不足を指摘されることはあっても褒められることはありません。
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posted by 椿原城太郎 at 18:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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