2017年06月01日

「貧乏は宝だ」


私の身内で島根県の山奥に住む91才になる叔母がおります。まだ元気で小さいながらも畑をもって現役でやっております。彼女の教えで「貧乏は宝だ」というのを時に思い出します。ここでいう貧乏とはお金がないということだと思うのですが、この歳になってその意味がわかりました。お金があると物がいっぱい買うことができ、時間さえも短縮することができます。ものがいっぱいあり、スピードが早いのがよいのかというと一概にそうではないなと思うようになりました。ものは少ない方が使い方を考え、十分過ぎるくらいに機能を堪能します。目の回るようなスピードは寿命を縮めるような気がいたします。私のこれからの生き方はこれですね。
posted by 椿原城太郎 at 19:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする